研究内容

1.転写非依存的な花粉管伸長の分子メカニズム解明

植物の生殖過程において、花粉管は極めて重要な細胞です。受粉後、花粉から伸長した花粉管は、雌しべの組織内を正確に伸長しながら、時には数十センチにも及ぶ距離を移動して内包する精細胞を胚珠まで運搬します。この過程は被子植物の有性生殖に不可欠な生命現象です。

従来の生物学において、細胞の活動維持には核内での継続的な遺伝子発現(転写)が必須であるという理解が定説でした。しかし私たちは、花粉管が核を欠失した状態でも長時間にわたって伸長を継続し、胚珠まで到達できることを発見しました。この知見は、花粉管が通常の細胞とは異なり、転写に依存せずに“細胞機能を維持して伸長を可能にする仕組み”を備えていることを示唆しています。

現在、私たちは独自に開発したイメージング技術を用いて、生きた花粉管内でのRNAやタンパク質などの分子動態をリアルタイムで追跡する研究を進めています。さらに、新たな解析技術を確立することで、わずか数百~千個の花粉管細胞内容物から網羅的な分子プロファイリングすることにも挑戦しています。これらの解析技術を組み合わせることで、花粉管特有の転写非依存的な細胞機能維持機構の解明を目指しています。

本研究によって、被子植物がこの特殊な能力を進化の過程でどのように獲得したのかを解明することで、植物繁殖の可塑性と多様性の理解に重要な知見をもたらすことができるはずです。さらに花粉管を実験材料とした独自の解析系を確立することで、植物細胞における遺伝子発現制御研究の新たな展開につながる可能性も秘めています。

雌しべから伸びる複数の花粉管

2.花粉管内精細胞輸送の分子機構の解析

花粉管は他にも驚くべき能力を持っています。それは、雄細胞である”精細胞”を、特別な保護カプセルのように内部に格納し、雌のもとへ安全に運ぶ能力です。この精巧な仕組みこそが、植物が様々な環境でも確実に子孫を残し、地球上で繁栄できた鍵となっています。

これまでの定説では、精細胞は花粉管の核(栄養核)によって単純に牽引される受動的な存在だと考えられてきました。しかし、私たちの研究から、精細胞は、独自の制御メカニズムによって花粉管内での位置や移動を調整していることが明らかになりました。この発見は、植物の生殖・受精システムが考えられていた以上に高度で精密であることを示唆しています。

現在、私たちの研究室では、実験に適した幾つかの遺伝子組換え花粉を用いて、精細胞の動きをリアルタイムで観察しています。さらに、生化学的手法を駆使することで、精細胞を包む特殊な膜上のタンパク質群候補を同定することにも成功しました。これらは、精細胞輸送の謎を解く重要な手がかりとなります。

このような研究を通じて、私たちは植物の繁栄を支えてきた精細胞輸送の分子メカニズムの全容解明に挑んでいます。この研究は、植物の生殖メカニズムの理解を深めるだけでなく、将来的な作物育種への応用など、私たちの生活に直結する大きな可能性を秘めています。 

栄養核と精細胞、
それを取り巻く微小管の動態

3.ゲノム編集を基盤とした花粉形成過程の解明

私たちの食卓を支える作物の多くは、花粉を介して次世代を作り出します。この目に見えないほど小さな生命の粒である花粉は、いったいどのように作られるのでしょうか?2020年にノーベル賞を受賞したゲノム編集技術「CRISPR」の登場により、この謎に挑戦できる時代が訪れました。私たちの研究室では、この革新的な技術を駆使して、花粉の発生プロセスの解明に取り組んでいます。

私たちは研究の加速化に向けて、多面的な技術開発を進めています。ゲノム編集ツールそのものの改良はもちろん、植物への効率的な導入方法の確立など、一連の過程で独自の手法を開発してきました。そしてこれらの技術を組み合わせることで、従来の数百倍以上のスピードで研究を進められるようになりました。

この革新的な技術基盤により、花粉の発生や運命決定に必要な遺伝子を、かつてない速度で同定できるようになりました。私たちは、これらの成果を基に、植物の繁栄を支える花粉がどのように作られていくのか、その全体像を分子レベルで解明することに挑戦しています。さらに、花粉には興味深い特徴があります。たった1つの細胞から、花粉管を伸ばす「花粉細胞(栄養細胞)」と、受精を担う「精細胞」という、全く異なる2つの細胞が短時間で生み出されるのです。この明快な細胞分化モデルを詳細に解析することで、細胞分裂・分化という生命の根本的な仕組みの理解にも挑戦しています。

ゲノム編集により様々な遺伝子が破壊されたシロイヌナズナ

4.ゲノム編集を利用した細胞間RNA移行機構の解明

花粉の中では、2種類の細胞(精細胞と栄養細胞)の間で物質のやり取りが行われることが示唆されています。その中でも私たちは、栄養細胞から精細胞へのRNA移行現象に注目し、この細胞間コミュニケーションの仕組みと意義の解明に取り組んでいます。

このRNA群(私たちは「精細胞移行性RNA」と名付けています)は、種の壁を守る番人として異種植物間の交雑を防いだり、生殖細胞のゲノムを有害な因子から保護したりと、重要な役割を担っています。しかし、どのようなRNAが移動できるのか、また、その移動を助ける分子の正体は、ほとんど解明されていません。

この謎に挑むため、私たちは独自の実験系を確立しました。「RNAの細胞間移行を可視化できる花粉」と「革新的なゲノム編集技術」を組み合わせることで、RNA移動を制御する分子の網羅的な同定を進めています。同時に、RNA移行が阻害された花粉を作り出すことで、精細胞へ移行するRNA自体の特定にも挑戦しています。

この研究の成果は、基礎研究と応用研究の両面で大きな可能性を秘めています。例えば、次世代の植物を生み出す精細胞へ、狙ったRNAを送り込む技術への展開が期待できます。近年、様々な作物をゲノム編集してよい品種を生み出す例が増えてきており、本研究成果はこの技術に大きく貢献できる可能性があります。さらに、花粉という単純な細胞システムを活用することで、植物科学における長年の課題である、RNA細胞間移行のメカニズムの理解にも新たな光を当てることができるかもしれません。

栄養細胞から精細胞へのRNA細胞間移行の模式図
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